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美濃路(清洲宿)
        

2004年 5月12日 実走
自転車:DAHON ボードウォークD7
   
先日、HP「ちゃりき!?ちゃりき!!」事務長さんと美濃路(一宮から岐阜まで)をポタリングしたのをきっかけに、
自分の近所にも美濃路があるので、今回は美濃路(清洲宿)と題して散歩がてら走ってみました。
いつもは知らずに歩いていた道が、美濃路の一部分であったということは、ほんとに驚きでした。

美濃路とは
 東海道・宮宿(今の熱田)から名古屋、清洲、稲葉(稲沢市)、萩原(一宮市)、起(尾西市)、墨俣(岐阜県墨俣
 町)、大垣(岐阜県大垣市)の7宿を経て中山道・垂井宿へ繋がる道です。全長約57kmほどある街道です。
   
全走行距離:13km
                                                     (作成2004/05/14)
   
日吉神社
   
名鉄 新清洲駅を出発して、まずはお猿さんで有名な
日吉神社を目指します。
日吉神社を探してのろのろ走っていたら、美濃路沿いに
ある、日吉神社の石碑を発見!
小さな小道にありました。
   
日吉神社
細い道を進んで行くと、木が生い茂る道路際に鳥居を見つ
けました。ここはお猿がご神体の神社です。
   
日吉神社
この神社には、お猿のご神体が24匹あるそうです。
あちこちに散らばっているので探して見てくださいね。
   
   
清涼寺
   
美濃路を進み、五条川を渡ると、清涼寺があります。
清涼寺は清洲宿の中心に位置し、寺には新鋳の鐘があり
戦時中の金属供出も免れ、県下唯一の時鐘として現存
しています。
   
門の前にお仕事中の大工さんの車が置いてあり、少々
残念な写真です。
家のすぐ近くなので車の無い時にもう1度写真だけ撮りに
行こうと思います。
清洲宿の本陣
清洲宿には、本陣と脇本陣が3軒、問屋場、高札場が
置かれていたそうです。特に本陣は美濃路最大の建坪
があり、琉球王使の休泊にも利用されていました。
   
 
   
上畠神社
   
上畠神社は清洲明神社とも呼ばれています。
『尾張地名考』では、
御園神社が清洲の内宮なら、上畠
神社は外宮としています。
   
更に美濃路を北上します。
302号を超えて続く道は、昔は桜並木があったそうです。
いまは面影がありません。
本成寺
高御堂の角を曲がると本成寺があります。
更に北上します。
総見院
清洲を通る美濃路の北端にある総見院です。
このお寺には織田信雄が『本能寺の変』直後、本能寺の
焼跡から探し出したといわれる信長着用の兜が保管され
ています。
     

さあ、今度は五条川沿いに下ってきました。
途中、黄色いオオキンケイギクの花がたくさん咲いて
おり、川にはコイが泳いでいました。
もうすぐ田植えの季節ですね。川の水も増えてきました。
御園神社
1度、旧22号沿いに出てみると、御園神社があります。
なんとここは学業の神様でもあります。
私もお祈りしておこう!(今更遅いか^^; )
  
御園神社
うっそうと生い茂る木立の中、お社があります。
   
朝日遺跡
   
302号を超えて走ると、清洲貝殻山貝塚があります。
以前は資料館もありましたが、随分前から閉鎖中です。

金網越しに写真をパチリ!
左の方のこんもりしたところが塚でしょうか!

貝殻山貝塚は、弥生時代の初頭に朝日遺跡で生活して
いた人々によって形成された貝塚です。直径15m、厚さ
2.5mの範囲でカキ、ハマグリ等の貝殻が堆積していま
す。
清洲城
美濃路に戻り、清洲城にやってきました。
今は近代的な資料館としての城が立っています。
昔、実際にお城があったところは、五条川の反対側、
つまり清洲公園があるほうです。
   
清洲城
門から見た、清洲城です。
赤い橋を渡り、清洲公園にきました。
清洲古城趾の石碑です。
   
清洲公園の真ん中には、織田信長の像が睨みをきかせて
います。おーこわい・・・
この公園も数年前に綺麗になってしまいました。