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石畳の道を探して 中山道を行く
        

2006年 4月22日 実走
自転車:MARIN FAIRFAX
   
石畳の道を走ってみたい! そんな思いがふくらんでいき、急に思い立って中山道を走って
きました。出発は御嵩町の長岡、目指すは瑞浪市の大湫宿までの30km弱です。
帰りは土岐川沿いの道を走りながらのんびりとした時間を過ごしました。
    
 走行距離:56.8km
 平均速度:11.5km/h
                                    (作成2006/04/23)
今回は急に出かけることにしたので、事前の準備は無し、地図はアバウトなツーリングマップル
と現地の情報だけという、迷子覚悟で決行します。。いつものように単独の時は決まって早朝に
出発、そして15時には終了して昼寝付きのタイムスケジュールで計画を立ててみるがどうなるか
は分からない。途中での予定変更はいつものこと、勝手気ままに走れるのが単独のいいところか
な、逆に目が2つしかないので、見落としすることも多々ありますが、そんなことは気にせず出発
します。
   
   
出発の場所に選んだ所は、土岐市の道の駅
「志野・織部」。土岐ICから思いのほか道が
上っているので、帰り道はかなり大変かなと心配
しつつも、今更場所を変更している時間もないの
でそのまま出発することにした。
まだ時間が早いため道路情報の案内所も開い
ておらず資料が収集できないが、外の案内板に
中山道のおおまかな地図があったので、要所を
記憶して出発する。
【距離0km、時間7:25、標高320m】
   
まずはゴルフ倶楽部内を通る道を走って、御嵩
町の長岡まで快走する。国道21号に出ると
右折してしばし走ると「右 中街道」と書かれた
石碑と「和泉式部廟所」の案内が見えてくる。
道路から少し奥まった所に入ると「和泉式部
廟所」の石碑がひっそりと立っていた。
距離8.9km、時間  、標高146m
   
すぐ目の前のたばこ屋さんの手前に「中山道」
を示す案内板が立っているので分かりやすい。
ここからが今日の中山道の旅の始まりとなる。
曲がり角の随所に案内板が設置されており、初
めての人でも分かり易く親切な印象を受ける。
まだ空気がひんやりとしたなか、田んぼ道を
抜けて道は続いていく。
   
道の曲がり角には、「中山道」を示す案内板が設置されているので地図を持っていなくとも、その
進むべき方向が分かるため安心して走ることができる。
途中「左 御嶽宿、右 細久手宿」の石碑も建てられており、この中山道を後世に伝えるべく努力
のあとがうかがえ、好印象である。
   
田んぼの中道を進むと最後の民家から道は急
に細くなり、西洞坂へと繋がっていく。
ここから山道にはいっていくため、熊鈴やら
ホイッスルを準備してまだ見ぬ道への期待感で
いっぱいだ。この坂を境として、東(江戸方面)
は山間部に入っていくことになり、背中に荷物を
背負った牛の鼻先が擦れてしまうことから、ここ
を「牛の鼻欠け坂」と呼ばれているようである。
距離10.2km、時間8:34、標高160m
   
細かな草の生えたダートを上って行くとつづら
折れに入りしばし低速ギヤでのろのろと進んで
行く。途中におじぞうさんも旅人の安全を見守っ
ており、昔の雰囲気が味わえる。更に道は細く
なり、ダートも落ち葉が堆積する場所に入ると、
土も湿り気を帯びてくるようになり、場所によって
は泥んこ状態になるので、注意が必要。
今回はパスハン仕様の泥除け付きなのでそんな
事は気にもせず道を楽しむことができる。
   
ダートを終えると道は舗装路になり、県道へ繋がっている。しばらくは県道沿いを進んでいくと
左手に「耳神社」が見えてきた。耳の聞こえが多少悪い私は、しっかりとお参りしておきました。
この先、県道を反れて東海自然歩道に入っていくと、目指す石畳の第一弾が出迎えてくれるので
楽しみではやる気持ちを抑えつつゆっくりと進んでいく。
集落も終盤に入り最後の民家の丁度前から目指す石畳が見えてきた。
   
   
「謡坂石畳」(うとうさかいしだたみ)。
【距離11.2km、時間8:53、標高235m】
謡坂の地名の由来は、「このあたりの上り坂が
とても急なため、旅人たちが自ら歌を唄い苦しさ
をまぎらわしたことから、うたうさかと呼ばれ次第
にうとうざかになったのだともいわれています」
≪案内板より≫
私も峠に向っている時などよく歌を唄っている
ことがある。途中までは自転車に乗っていたが
途中から押しになってしまった。
   
ここの石畳は間にコンクリートが入れられており人工的なのが残念である。この先、長い年月を
管理していくことを考えれば仕方のないことであろう。
謡坂石畳を上り切ると、道は舗装路に変る。
のんびりと走っていると、大きな昔の家がみえてきた。家の軒先には大きな「木曽街道69次」の
絵が建てかけられている。江戸時代の浮世絵師 安藤広重が描かれた「御嶽」らしい。
「御嶽」のモデル地がこのあたりらしく案内板にも詳しい事が書かれていた。
反対側のかたわらには中山道と書かれた道標も建っており、良い印象を受ける。
   
   
更に進むとすぐに一里塚のシンボルが見えて
きた。「十本木一里塚」である。
この一里塚は明治時代に取り壊されており、
昭和に入ってからもとの場所ではなく少し離れた
ところに復元された物のようである。
≪案内板より≫
それでも両側に残る一里塚ですので、その凛と
した姿が立派である。
更に進むと小さな池やおじぞうさん、そして
「一呑清水」などが点在している。
   
   
一度、県道に出てしばし進むと、中山道は再度
山の中に入っていく。
またまた「唄清水」があり、このあたりは涌き水
だろうか水に関係する場所が多く点在している
様である。
   
固く締まったダート道を進むと、とても良い感じの林道に入っていくと、車が一台通過した。
更に進むと、街道沿いに喫茶店&ハーブ園「ラ・プロヴァンス」が建っている。中山道はハイカー
さんが多いそうなのでハイカーさんのいこいのお店になっているのであろう。まだ開店時間前の
ため、お店の様子は分からないが、落ち付いた雰囲気が味わえそうな気がする。
   
   
「ラ・プロヴァンス」を過ぎて坂を上りきった所に
中山道「御殿場」の案内板と少し上った所に
見晴台が見えてきた。
ぼんやり景色を眺めて下りてきたら、今日最初
のハイカーさんに出会い挨拶する。
少し話を聞き、その年配の男性は中山道を少し
ずつ歩いているそうだ。今71才で75才までに
は東京に到達することを目標に歩かれていると
のこと、良い目標をお持ちで羨ましいと共にその
健脚に脱帽する。
   
急な下りのダート道をへっぴり腰で下ると小さな
集落に出る。おじいさんとおばあさんが縁側で
世話話などをしておりとてものどかだ。
「おはようございます」と挨拶をして過ぎると、
ひなびた感じがよくて写真を一枚撮ってみた。
   
民家は10軒もなく、すぐに竹林に入っていくが
すぐ津橋の集落に出る。津橋の公民館の前で
休憩していると、この場所の標高が書かれて
おり「256m」とのこと。高度計の計測が254mな
のでほとんど誤差は無いようである。
   
津橋の集落を抜けると道はダートとなり、拳大の
石がゴロゴロと敷き詰められているので、自転
車に乗ってはさすがに進む事ができない状況で
ある。えっこらと押しながら進んでいくと、山菜取
りの方と男性ハイカーさん一人に会う。
   
ダート道は次第に緩やかになり、固く締まった
状態になってくると自転車に乗る気にもなり、
あいかわらずのろのろと進んでいく。
すると「鴨ノ巣一里塚」が見えてきた。塚には
木が植えられており良い感じである。
距離15.8km、時間10:06、標高386m
   
道を先に進むと、鎌倉街道との追分の道標がある。傍らに道祖神もある。
少し高台には馬頭観音など、あちこちに気になるものが点在しているため、時間だけが過ぎて
なかなか前に進まないと言った状態である。
   
   
大きな石垣が見えてくると平岩の「秋葉坂三尊」
が見えてきた。
「旅人たちの道中安全を祈って、200年余りも
前に建てられた穴仏三尊です」
≪案内板より≫
距離17.0km、時間10:22、標高398m
   
この先、道標「左 中仙道西の坂」が見えてくる
と舗装路にでて、しばし舗装路を下って行く。
   
場所は御嵩町から瑞浪市に入っており、今までの感じと多少違いを感じるようになる。
御嵩町では青い案内板が随所に設けられており、道を間違えることはほとんど無いであろうが
瑞浪市に入ると案内板が減り、きょろきょろとすることが多くなった。
舗装路を下り、平岩の集落にでると道があちこちに分岐しているが、案内板が無いため感に
頼らざるを得なくなってくる。早速、間違えた^^; 行き過ぎてから途中で中山道に合流したため
一度戻ってみると、やはり先ほど迷ったところにでた。反対からくると案内板があるが、先ほどの
方向からは何も無いのである。ふっと目を上げると、先ほど「御殿場」でお話をした年配の男性に
出会った。もうここまで歩いてきたのかとビックリしていたが、自分も歩いているようなスピードなの
で、追い付かれても仕方のないところであろう。それにしても健脚な方である。
   
しばらく県道65号沿いを走ると、ひっきりなしに車が通って行く。この近くには瑞浪サーキットが
あるので、それらしい車がとても多い。引かれない様に注意しながら先を急ぐこととする。
      
細久手宿に入るが、当時を偲ばせるものは
ほとんど無いが「細久手宿 本陣跡」の石碑が
建てられていた。しかしここ「大黒屋」だけは
別格であろう。当時を彷彿とする構えが立派だ。
距離20.4km、時間10:53、標高413m
   
ここ「大黒屋」は、旧尾張藩の本陣で今でも当時
の姿のまま営業を続けている。
玄関先にはツバメの巣があり、ツバメが出たり
入ったりと忙しい。お店のお母さんとちょっとお話
して道中の情報を得る。
   
舗装路は綺麗にされており走りやすいのだが交通量が多いので、かなり気にしながらの走りと
なる。そんな道でもハイカーさんが歩いており別の年配の男性ハイカーさん一人と会う。
遠くからサーキットで走る車のうなり音が聞こえてくる。昔なら見に行きたい衝動にかられるが
今となっては興味も無くなってしまったようだ。
      
舗装路を進むと「奥ノ田一里塚」が見えてきた。
この塚には木が植えられていないので、古墳
みたいに見えてしまう。
   
尾根沿いを進むと弁天池が見えてくる。
小さな池であるが、池の中に小さな祠があり、
弁財天が祀られている。
   
   
この先、東海自然歩道と中山道は違うルートを
通る様である。正確にトレースする必要も無い
ので「天神坂」の標から左折して北野神社に向う
こととした。
前方からは女性のハイカー二人が歩いてくる。
挨拶して先に進む。
北野神社に到着したが、鳥居から奥を見るが
本殿が見えない。石段を登っていくようなので
すっきりと諦めて先を急ぐ事とした。
狭い林道を抜けると先ほど分岐した道に出る。
   
八瀬沢の集落にでると、今日の中山道の旅のうち約半分が終わった事になる。
案外時間がかかっているので、少し先を急ぐ必要がある。
県道65号を急ぎ進むと、県道との分岐に「中山道 琵琶峠西上り口」の道標がある。
距離26.1km、時間11:34、標高471m
入口付近は固い締まった上に草が生えている状態なので自転車に乗ってゆっくりと上っていく。
しばらく進むと、目指す石畳の第二弾の入口が見えてきた。
      
「琵琶峠石畳」である。先ほどの「謡坂石畳」と
違い、古さを感じさせるに充分な存在感を出して
いる。歩く分には良いが自転車はとても乗れる
状態ではない。石の間の土が流されているため
石がかなり浮き出ており、押して進むのも大変
である。押すというよりハンドルを持ち上げて
運ぶと表現したほうが良いであろう。
   
先の「謡坂石畳」もそうであったが、周りがほど
よく整備されているので、道は明るくとても歩き
易い。昨年訪れた位山通の石畳みたいに薄暗
さがないため、ハイカーも安心して歩けるという
ものだ。自転車の後輪をボンボンと弾ませなが
ら上っていくと「八瀬沢一里塚」が見えてきた。
ここも木は植えておらず古墳のようである。
   
一里塚の上のほうで女性ハイカー三人がお昼の食事中であるため、静かに横を通り過ぎることと
した。「琵琶峠石畳」に入るとハイカーさんが多い。道を反れて山菜取りに入っている人や清掃さ
れている人までさまざまである。そろそろ上りもきつくなってきた、峠が近い事を感じさせる。
      
見上げると峠の馬頭観音が目に入る。
やっと到着である。こういった趣の峠は初めて
なので感慨ひとしおだ。
馬頭観音ともう一つ歌を読んだ石碑も建てられ
ていた。
「琵琶峠は険しさとともに湿地の多い峠道でした
この石畳は少しでも歩きやすいように敷かれた
もので、昭和45年春に発見され、日本で一番
長い、約600mと確認されています。」
≪案内板より≫
残りの石畳を下りながら当時この道を旅した
人々の希望と苦労を垣間見ることができたよう
な気がした。
石畳の終点にも道標「中山道 琵琶峠東上り口」がある。【距離27.1km、時間11:58、標高498m
ここではたと気付くが琵琶峠で標高を測り忘れた。失敗である。
その先は県道とつながり、目の前に大湫病院が見える。県道を進み最後の「大湫宿」を目指す。
県道の所々にも見所はあり、大きな石が二つ点在している。「中山道 二つ石」と呼ばれ、鳥帽子
岩と母衣岩という大きな岩である。
その先には安藤広重が書いた「大久手」のモデルとなる場所があり、公園として整備されていた。
      
いよいよ今日の旅も最後の佳境にはいり、
「大湫宿高礼場跡」に到着した。
付近には見所が多く、樹齢1300年と言われる
大湫神明神社の大杉や脇本陣、白壁の蔵や
など昔を偲ばせるに充分な面影が残っていた。
   
街道沿いには、今も営まれている宿などが建ち
並び少し曲った道といい雰囲気たっぷりである。
「大湫宿本陣跡」は小学校の校庭内にある。
この小学校の建物もなかなか立派なものだ。
距離28.4km、時間12:34、標高507m
   
片道28kmの工程を終えて、正直かなり疲れたというのは否めない。これから出発地点まで戻る
ため、今回の旅はここで終了とする。帰り道に向い「高礼場跡」に戻ろうとしたら、「御殿場」で
お会いした年配の男性に会った。歩くのとほとんど変らない私って・・・。
      
帰りは、土岐川に出て川沿いを走りまずは瑞浪市内を目指すこととした。
釜戸駅の近くに出ると国道19号を超えて、小さな道に入り南を目指す。なんとなく昔をイメージ
させる道や建物があり、ちょっとした街道なのかなと思わせる。
      
   
しばし走っていると、道のかたわらに道標を見付
けた。中街道を示す道標であった。
隣には 左 伊勢道と記した道標も建っている。
やはりここも旧街道の一つであった事が分かり
良い勉強になった。
   
途中、新白狐温泉があり日帰り入浴が可能と
の事。もう少し暖かくなったら道中での温泉も
良いものかもしれない。今はまだ下り坂などで
寒さを感じるためちょっと無理であるが・・・。
   
土岐川沿いの道路はなかなか良く整備されて
おり走りやすい。土岐橋のうえで一枚。
距離39.0km、時間13:29、標高175m
   
川の両側に道路は作られているが、どちらか
一方は交通量が少ないため選んで走れば自転
車には最適のコースとなる。
   
国道19号を土岐市まで走り、国道21号線に分岐して交通量の多い坂道を上るのは躊躇した
ため、瑞浪市内の懐かしい街並みを眺めながら瑞浪ICを超えて月吉方面に向い瑞浪市民公園
に立ち寄ってみた。丁度、こいのぼり祭りをやっており鯉のぼりがたくさん泳ぐ姿を見る事が
できる。県道352号を走り、途中から中街道に入る。
      
中街道に入ると道は狭くなるが、写真の様な感
じの綺麗な道が続くので走りやすい。
このまま進めば、松野湖や鬼岩方面に出る事
ができるのでまずは松野湖に向う事とする。
   
松野湖にも沢山の人出があり、釣りをされて
いる人も多い。帰り道は鬼岩方面に抜けるの
だが自然歩道みたいなところを走る元気はない
ため来た道を戻り国道21号に出る。
距離52.9km、時間14:53、標高331m
   
   
国道21号の歩道を走り、徐々に勾配をつけな
がら道の駅へと近づいてくると、何やら峠では
ないかと気になるので写真を撮っておいた。
あとで調べてみたら、ここは「次月峠」であった。
更に調べてみると、左上の道の道中に「柄石峠」
があったらしい。そう言えば道中で小型車に
乗った男性がいたところが峠のような感じであっ
たと思われる。
少々残念であるがまたいつか機会があったら
走ってみようと思う。