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ひとり自転車の中山道 鵜沼宿〜呂久
        

2007年10月28日 実走
自転車:赤 Brompton T6
   

たまにはのんびりと近場でも走ってみようと思い、中山道の鵜沼宿から岐阜方面を目指し
ました。どこまで行けるかな!? 今回は可愛らしい赤ブロでの輪行なので距離や走りで
はなくて、ただただのんびりとした雰囲気を味わってみようと思います。
    
 走行距離 50km
 
GPS軌跡データはこちらへ
                                    (作成2007/11/07)
名鉄犬山線に乗り、当初は鵜沼宿駅まで行こうと思っていたら、モンキーパークへ向う人たちが
大勢乗ってきたので慌てて普通車両に乗り換えて犬山駅からスタートすることにしました。
     
   
犬山駅前から中山道の鵜沼宿を目指します。
久しぶりに訪れた鵜沼宿、柳が雰囲気を出し
ていますが、一つ隣の家が解体工事中でした。
古い家が一つ一つと無くなっていくのは寂しい
ですが住んでいる方の事情もあるので致し方
ないです。鵜沼宿ではあちこちで古い家の改修
工事もしています。
    
さて今日は天気も良くて暑い一日になりそう。
ではでは出発!
   
鵜沼宿を抜けたら国道21号に合流してしばし交通量の多い道をひた走ります。しばらくすると
歩道を歩く人が徐々に増えてきて、なんだろうと思っているとどどっと人の波に突入してしまい
ました。こりゃまいった! 今日は各務原の航空自衛隊岐阜基地で航空祭をやっていました。
これは大変だ!
   
最初の入口を通過して陸橋を渡る時は人の波
にもまれて自転車押して行きます。
   
正門かな?を通り越して国道から反れた所に
六軒一里塚跡がありました。
   
   
そのまま進むと焼肉屋のある交差点を斜め右
方面に入っていくのが中山道です。
このあたりから右に左に曲がる街道らしい道が
続き、家並みも蔵などがあって雰囲気が良い。
   
枡形の通りは車も人も殆どいないため少々寂し
い雰囲気があります。
   
新加納立場跡の案内板と新加納一里塚跡の
碑が立っています。
   
   
善休寺の前には中山道の小さな常夜灯があり
ました。東海北陸自動車道を超え、境川には
紅葉した葉も散りかけて寒そうな桜並木が続い
ています。
   
手力雄神社横を通り抜けて左からの道と合流
する所に「左 木曽路」の道標があります。
かなり斜めになっているので、最初は電柱で
見えませんでした。
       
切通付近は立場として旅人の通行が多かった
そうです。切通の由来の案内板を通り、国道
22号を超えるとこの辺りにも古い家並みが残り
雰囲気が良いですよ。
   
国道22号を超えてすぐの住宅街に突然、細畑
の一里塚があります。この一里塚は左右が残っ
ており中山道の風情が感じられます。
   
最初は通りの右側が見えて、左側は住宅を通り
過ぎないと見えてきません。こんな住宅街に残っ
ていることがすごいことだと感じます。
   
   
お社の横に立派な道標が立っていました。
達筆過ぎて読めない!?
木曽路と伊勢、名古屋ちかみちと書いてあるの
で美濃路への追分のようでした。
   
名鉄本線を超えたら、鏡岩の碑と道標があります。岐阜街道との追分になるのかな?
   
目の前には今回の一番の目的であるだんごや
に入りましょ! 昨年末に来た時はみたらしが
売ってなかったので今回こそは!!!
   
う〜んこんがりとした焼き具合とさっぱり醤油の
良い香りがたまりません。みたらしとおはぎ、
草餅、豆大福などを買ってあとで食べましょ!
   
加納宿に入って丸い道標が駐車場脇にあり
ます。この道標は可愛らしいですね。
   
薬局の前にも道標があります。写真を撮ってい
ると、何故か女子高生におはようございますと
挨拶されて良い気分です。
   
加納宿内はあちこちの道を走ってみましたがあまり古いものは見当りません。岐阜駅前に背の高
いビルが出来ていました。
この先、河渡橋まではどうも道がよく分からず、あっちふらふらこっちふらふらとしていましたが
何とか河渡橋に到着することが出来ました。
   
   
もう少し上流の小紅の渡しでは今でも船による
往来ができますが、今回は河渡橋を渡って木曽
川を越えます。
それにしても良い天気、川を渡って堤防でお昼
を頂きます、先ほどのみたらしだんごや豆大福
も美味しかったですよ。
   
堤防下に愛染堂があります。外国の女の子達
が何やら撮影会をやっているので、カメラを向け
にくかったです。よく見ると中山道 河渡宿の
お祭りの旗がなびいているので、見に行って
みたら・・・。
   
すごい状態でした。沢山の人が集まってお祭り
がとてもにぎやかでした。堤防の草むらを上って
写真を撮って下りてきたらズボン、靴下、クツに
あの草がいっぱい付いてしまい、取るのに難儀
してしまう始末、入らなきゃよかった、失敗!
   
   
中山道に戻り、河渡宿にある一里塚跡に到着。
本田代官所跡を超えて水田地帯を抜けて樽見
鉄道を渡ると美江寺宿へと入っていきます。
   
門や塀が立派な古い家が並ぶ美江寺宿への
通りを抜けて行きます。
   
民家の駐車場前に、美江寺一里塚跡の碑が
立っていました。
   
これは立派な家がありました。素晴らしい造りに
重厚な雰囲気がすごいです。
   
美江神社の前を左に曲がると美江寺本陣跡の
碑があります。
   
犀川沿いに富有柿の畑が広がる道をのんびり
と走っていると気づくのが「この道は旧中山道
です」の案内板が行く先々に立っていること、
これは嬉しい道案内です。
   
終戦直後まで田之上から呂久までの松並木が
あったそうです。この案内板には戦前の松並木
の写真が残っています。昔はみなこのような
砂利道だったんだよなぁ。
   
揖斐川を渡っていよいよ呂久の集落に入っていきます。
   
立派な馬淵家です。明治天皇の御休所でもあり
碑が立っていました。碑の周りに足長蜂が群れ
ていたのでビックリ!
   
右に折れて和宮記念公園に寄って呂久の渡し
跡を見学し、ここらでひと休憩することにします。
   
平野井川の手前と橋向こうの堤防に道標が立っ
ています。上の方で折れてしまっていましたが
古さが良いですねぇ。
   
再度、川を渡って柳瀬橋付近の神社のそばに
一里塚跡がありました。
さて今日はこの辺で終わりとします。
   
まだ14時ですが、そろそろこの辺で今日の旅はお終い。大垣駅まで走って輪行で帰ります。