TOP − Bicycle そこに道があるから 〜まだ見ぬ景色を探しに行こう!

 

 
冬の美濃路 七里の渡し〜四ツ家追分(前編)
        

2009年1月25日 実走
自転車:ブロンプトン
   

一昨年の2月に美濃路を垂井の追分から四ツ家の追分まで走りました。あれから二年、
そろそろ美濃路を走破しようと思い、四ツ家の追分から東海道の追分まで走ってきました。
これで美濃路を走破したことになります。今回も寒い中の道中になるため、行きは輪行、
帰りはそのまま家へと向かうルートとしました。そのため東海道の追分の先にある、七里の
渡しからスタートして四ッ家の追分へと走ります。
寒い日ではありましたが、日中は日差しを背中に受けながら走っていたので、案外暖かな
道中になり良かったです。
    
 走行距離32km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データはこちらへ
                                    (作成2009/01/31)
四ッ家の追分から続く美濃路はかつての地元であり、最近の通勤ルートでもあります。それ以前
に保育園時代まで住んでいたことのあるところでもあるので、懐かしさと見慣れたはずの景色を
楽しみながら走って行きます。
まずは名鉄電車に揺られて堀田駅まで輪行します。堀田駅は初めて降りたのでいきなりどっちに
向かえばいいのやら?
旧東海道の方へと向かって八丁畷の松田橋、裁断橋を眺めつつ、一度、東海道と美濃路の追分
へと到着、古い道標を見ながら北方向を眺めると国道の向こうに熱田の森が見えます。
その前に七里の渡しに寄ってみることにしました。
   
早朝の七里の渡し跡は堀川、新堀川の合流点
になります。旧東海道はここから桑名までを
船に揺られての旅になります。
   
気持ちの良い朝の空気を吸ってそろそろスター
トしましょう。七里の渡し跡の道路むかえには
旧丹羽家宅があります。屋根が大きい!
   
先ほど寄った東海道と美濃路の追分に到着。
右から来る道が東海道、まっすぐの道が美濃路
になります。国道の向こうに熱田の森が見えて
きました。
   
追分の道標、以前、跳ね馬さんと佐屋路散策し
たときに初めて訪れてから、何度か見たことの
ある道標です。いつ見てもその古さ(寛政二年)
が良いですね。
   
国道を越えて熱田神宮に到着です。駐車場の
隅っこに自転車を縛り付けてまずは参道の散策
でもしましょ。
   
大きなくすのきが立派でした。天に昇っていく
龍のようです。何個も常夜灯があり、特に大き
な佐久間燈篭は寛永七年のものでした。
   
   
熱田神宮といえば定番の宮きしめんを食べて
きました。まだ十時回ったところなのでおやつ
代わりに頂きました。
あったかくてもちもちとした麺がのどごしもつる
つると入っていきます。
暖まって体もほくほくになり嬉しい気分になり
ます。
   
   
しばらくは国道19号を北へと向かい、真っ青な
青空を眺めつつ、真っ白なビルが見えてきたら
佐屋路との追分にある道標に到着!
この辺りは人通りも多く賑わっていますが、管理
人とは無縁の世界、かな。
金山の駅を右に見ながらそのまま真っ直ぐに
走って行きます。
おっとここで古河の一里塚跡を見てくるのを忘
れてしまった!美濃路の一番目の一里塚です。
   
そのまま国道19号を走って走って、名古屋高速環状線を越えると右手に東本願寺 名古屋別院
、次に左手に西本願寺 名古屋別院があります。
   
   
すぐの道を斜め右に反れて行くのが美濃路。
ここからは交通量も少なくなるので走りやすい
道になってきました。それでも都会の真ん中、
ビルが周りを埋め尽くして、圧迫感を感じてしま
います。

大須の通りに着いたので、ちょっと大須観音に
寄ってきました。大須観音でお参りして、鳩と
たわむれてきました。
更に名古屋高速2号線を超えると、右に若宮八幡宮、左に白川公園が広がっています。
本町通りを走り、伝馬町通りの交差点を左に折れて堀川を目指します。
   
伝馬町通りからは名古屋駅前のビルが真正面
に見えてきました。
   
堀川に架かる伝馬橋を渡ったらすぐの道を右に
曲がるのが美濃路になります。
   
美濃路も通りも古い家並みがありますが、更に風情を楽しもうと思ったら、一本西の四間道を
散策するのも良いですよ。
   
   
美濃路に残る古い家並みは立派です。
円頓寺商店街の通りを少し散策してきましたが
一ヶ月ほど前にも来たので、美濃路散策に戻り
ましょう。
   
   
五条橋に戻ると、立派な案内板があります。
橋の左に写っている台上の社は屋根神様です。
かつてはどこかのお宅の屋根に乗っていたもの
と思います。
清須越から400年、はるか昔の工事は大変な
ことだったのでしょう。橋を運ぶだなんてすごい
ことです。
   
堀川沿いを進み、サンゲツ本社ビルの手前を左
に曲がり、幅下公園の真ん中を抜けるのが美濃
路です。
幅下公園の北にお地蔵さんが集められており、
近所のおばあさん方が集まっていました。
綺麗に管理されているようで、ご近所さんの憩い
の場になっているようです。
すぐの道を右に曲がると国道22号とぶつかる
ので、近くの信号を渡りマクドナルド横の道を北
へと進みます。
   
更に突き当たったら左が美濃路、右は名古屋城
に突き当たります。
美濃路に入り、すぐに江川一里塚跡が角地に
ひっそりと建っています。美濃路の二番目の
一里塚です。
   
この辺り、近所で人気のお魚屋さんや、餃子屋
があります。お魚屋さんは日曜休みでした。
   
押切の交差点を超えると、今は一軒になってし
まった名古屋凧のお店があります。小さい頃、
和凧を買ってもらい八坂神社で遊んだ思い出が
残っています。
   
   
榎の交差点を過ぎると、懐かしい中京銭湯が
あります。”ゆ”の文字が良い味出しています
よね。
昔は八坂に近いところにもう一軒銭湯があり
ましたが、今となってはどの場所にあったのか
すら思い出せません。
   
   
おかきやのお店から見る美濃路の町並み。
おかきやとお隣の家の間にある、通れそうで
通って良いのか悪いのか迷う道があります。
昔、母親に連れられて保育園に通ったときに
通っていた道です。
記憶とはまるで違う狭い路地、秘密の基地に
向かうようでわくわくして通った記憶があります。
裏手で洗濯物を干していたおかきやの奥様に
声を掛けて通らせて頂きました。
昔懐かしい思い出を久しぶりに体験できました。
   
   
八坂神社から奥に見えるのはヨシズヤです。
以前は東芝の工場があり、小学生の頃に子供
会で見学しに行ったことがあります。
八坂神社では、落ちているお賽銭を子供が拾う
のは良い、とのことでしたが本当なのかな!?
   
八坂の交差点を越えて枇杷島に入ると、あちこ
ちに屋根神様が残っています。以前、屋根神様
散策をした時に残っていた物が、今日は無くなっ
ていたものもありました、残念です。
   
こちらの平屋にある立派な屋根神様は健在で
す。お正月飾りがほどこされていました。
   
昔、父親に聞いたことのある、名鉄電車がこの辺りを通り、菊井町から名古屋方面へと続いて
いたそうです。戦前・戦中ころでしょうか、名鉄名古屋駅を地下駅にするため、東枇杷島駅、栄行
駅を通って今の名古屋駅へのルートに変更されたそうです。
   
   
そして管理人の大好きな蕎麦ですが、西区にあ
るお店で一番すきなのが、ここ七里庵です。
お店の中は、昔の蔵を改装した感じで、隠れ家
的な雰囲気があります。
蕎麦はそば粉の粒がしっかりと残るタイプです。
今日は宮きしめん食べたばかりなので、次回の
お楽しみにします。
   
静音寺には、この地を枇杷島と名づけた由来が
あります。
   
庄内川の堤防に枇杷島橋のモニュメントがあり
ます。何度か紹介している美濃路の橋です。
   
庄内川には、かつて川の真ん中に中島と呼ば
れる中州がありました。その中州まで、名古屋
側に大橋、西枇杷島側に小橋が架かっていた
のです。今でも大橋の橋げたは川が渇水時期
に少しだけ頭をのぞかせていますよ。
   
こちらは西枇杷島側から枇杷島(名古屋)側を
眺めたところ。
  
西枇杷島側の堤防下に道標があります。以前
は今の枇杷島橋のすぐ近くにありましたが堤防
工事のためにこちらに移設されました。でもこち
らのほうが元の場所に近いのでは?と思って
います。大根抱えたあの方も健在です。
   
清須市西枇杷島の通りは美濃路の色を濃く残し
ているところでしょう。通りから六軒神社を眺め
たところ。
   
問屋記念館を見てきました。うなぎの寝床みた
いに奥に長い作りの家です。
   
家の中にはいろいろと展示してありました。
美濃路のビデオ放送もあり勉強になります。
   
三階建てのお宅や、古い銭湯なども健在です。
西枇杷島界隈の見所なので、いつまでも残して
欲しいものです。
   
古い家並みもあちらこちらに残っています。
   
今回は長いので、続きは次のページへ。。。
   

             
【後編へ ≫】
             
             
【2009年 目次】