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冬の美濃路 七里の渡し〜四ツ家追分(後編)
        

2009年1月25日 実走
自転車:ブロンプトン
   

一昨年の2月に美濃路を垂井の追分から四ツ家の追分まで走りました。あれから二年、
そろそろ美濃路を走破しようと思い、四ツ家の追分から東海道の追分まで走ってきました。
これで美濃路を走破したことになります。今回も寒い中の道中になるため、行きは輪行、
帰りはそのまま家へと向かうルートとしました。そのため東海道の追分の先にある、七里の
渡しからスタートして四ッ家の追分へと走ります。
寒い日ではありましたが、日中は日差しを背中に受けながら走っていたので、案外暖かな
道中になり良かったです。
    
 走行距離32km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データはこちらへ
                                    (作成2009/02/02)
西枇杷島地区は美濃路のなかでも当時の色合いを濃く残しているところだと思います。
それでも最近は、あちこちで取り壊しなどがあり、残念でなりません。しかし実際住まわれている
方にしてみれば、維持の大変さは相当なものでしょうから、仕方のないところでもあります。
   
新しく出来た憩い処のようです。前は無かった
気がするのですが、屋根神様はあそこの物を
移設したように思います。
   
この屋根神様は初めて見ました。今まで気がつ
かなかったのか、柱を立てて設置したのか?
   
模型店の屋根神様は健在ですが、祭事は行わ
れているのかどうかは分かりません。
   
ここも新しく出来た休憩処です、屋根神様は
あそこから移設したとのことでした。
   
休憩処の壁の下にある園芸用のプランターの土の上に、昨日の雪が残っていました。今日は
日差しは暖かですが、空気はすこぶる冷たい!
   
   
ちょっと寄り道して、近くの神明社に寄って着ま
した。何があるのかというと、馬島道の道標で
す。美濃路の坂町から分かれ大治町へと向かう
道が馬島道です。坂町の角にあったものを
こちらに移設されたそうです。
嬉しい初めて見る道標でした。
   
   
美濃路にはいろいろはお店があります。
ここはうなぎ屋です。時々、うなぎを焼いた美味
しそうな匂いが漂い、つい引き込まれそうになり
ますが、持って帰れないのが残念です。
   
   
新川を渡ると津島上街道との追分があります。
津島道の道標がこの公園に移設されています。
公園内には新川のかつての橋の柱や、新川を
作ったことの功績を記した碑もあります。
   
名鉄津島線の踏切を越えると、用水の跡に
一里塚橋が架かっています。この用水工事を
しているときに掘り出された石碑がこの先の
お寺に保存されているとの情報を得ました。
   
その前に何度か紹介していますが、須ヶ口一里
塚跡の碑があります。美濃路の三番目の一里
塚です。
   
この先にある正覚寺に到着すると、道沿いに
それはありました。今までまったく気がつかなか
ったことが不思議なくらいです。
   
これが掘り出された道標です。案外と新しい物
のようにも見えますが、明治、大正の頃の物で
はないでしょうか。年代は彫られていませんでし
た。
   
まげわっぱのお店の手前にも、八坂にあったよ
うな奥へと続く道らしき空間があります。ここは
知らないところなので、勝手に入るのは止めて
おきました。
   
くるっと曲がった先に古い家があります。この
HPでも時々紹介している、美濃路の案内板を
設置しているお宅です。
   
   
清洲地区に入り五条橋を渡ると清洲古城跡の
碑が立っています。遠くに清洲城も見えてきま
した。
   
そのまま美濃路を走り、清洲本陣跡の門の前で
休憩です。久しぶりに訪れてみると、見慣れて
いるはずなのに見入ってしまいます。
   
まだ時間も早いので、清洲城に寄ってきました。
いつもの大手橋から眺める清洲城、良い観光
名所になっているようです。
   
公園側にある清洲古城跡の碑で日向ぼっこ
しながら、お昼のオニギリを食べてちょっと腹ご
しらえしておきます。
   
   
公園内には梅か桜かな? 咲いていました。
芝生広場で遊ぶ子供と犬が楽しそう。
案内板には清洲へ集まるいろいろな道について
書かれていますが、いつかの機会に行ってみよ
うと思います。
   
JR東海道線を超えて清洲地区から稲沢市へと
入ると、北市場美濃路公園があります。
    
街道らしい道をゆっくりと走っていると、右手の
奥に役所橋があります。
   
更に進むと長光寺に到着です。
   
門前には四ッ家追分にあった道標がここに移設
されています。彫が深くて立派な道標です。
   
長光寺にある六角堂は屋根が大きくてとても
立派!
   
時々、古い家が並び雰囲気は良いですよ。
   
突き当りを左に折れると、ついに四ッ家の追分
に到着しました。
   
四ッ家追分の碑です。ここから一宮を経て岐阜
に至るのが岐阜街道です。
   
   
少しだけ岐阜街道を散策してきました。
こちらにもいろいろと見るところはありますが、
今日は美濃路散策なので、この辺でお仕舞い
です。
   
   
家に帰る途中、甘い香りが道路一面に広がっ
ていたので振り返ると、ロウバイが可愛らしい
黄色い花を付けていました。
ほんと、良い香り。
   
これで中山道との垂井の追分から東海道の追分まで、美濃路を走破することが出来ました。
実際には二日で走りましたが、当時の人々は歩きで2〜3日くらいかけたことでしょう。
   

             
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