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深沢峡の五月橋と国道418号線(前編)
        

#08
2011年3月19日 実走
自転車:
パスハン
   

木曽川には景観が美しい場所があちらこちらにある。岐阜県瑞浪市と八百津町にかけての
深沢峡も、かつては観光地であったらしい。5年前の2006年に深沢峡の一部である通行止
め区間の国道(酷道)418号線を町道分岐から八百津の丸山ダム方面に抜けたことがある。
(参照 2006年レポート15「八百津をぐるっと楽しむ」 )
更に4年前の2月には五月橋を見てみたいな〜っと思い、一度はチャレンジしたことがあるの
だが臆病風が吹いてあえなく撤退。
(参照 2007年レポート02「麦とろごはんが食べたい 中山道」 )
昨年も行ってみようかと思いつつ足が向かず止めておいたが、昨年の大雨の影響がかなり
あるのではないかと思い、思い切って出かけることにした。
    
 走行距離47km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データはこちらへ
                                    (作成2011/03/21)
どうせ行くなら五月橋と国道(酷道)418号線の残り部分(町道分岐から恵那方面)にも行って
みることにして電車輪行することにした。
   
マナカカードを使っても新可児駅で手続きすれ
ば広見線の御嵩駅まで輪行できることが分かっ
た。御嵩駅まで輪行で来たのは2回目かな。
駅員さんといろいろとお話できて気分も良好。
御嵩駅前からは旧中山道の御嵩宿があるので
古い家並みや本陣跡など重厚な雰囲気が残っ
ている。さあここからは中山道を走って細久手
宿まで走って行くことに。
   
あちこちで河川工事を行っており、ここまで来る
のにけっこう大変だった。自転車担いで小川を
飛び越えたりして、牛の鼻欠け坂に到着。
坂道も工事した跡が、前方を見ると崩落した跡
があり復旧工事完了したようだ。
   
牛の鼻欠け坂を上りきると大きな山桜が咲いて
いた。もう春だな、今日は気温も上がりそうなの
で一気に花が咲くかも。花粉のせいか鼻がむず
むずするがくしゃみが出るほどでもないのが
救いのようだ。
   
耳神社から謡坂までは自転車に乗って走った
けれど、謡坂の石畳からは自転車押して上ら
ないと無理みたい。
   
えっちらと押して上り詰めると十本木の一里塚
跡が見えてきた。気温が上がり暖かくなってき
たので気持ちが良い。
   
御殿場見晴台を過ぎると下り坂になり、遠くに
動く物体を発見、何かと思い目を凝らすと数羽
のカモが道の真ん中で何やら相談事かな?
   
民家の庭に檻があり、中で動く動物がいるので
近づいて見たら、な〜んとイノシシだった。子供
っぽいけど、仕掛けの檻に掛かったのかも。
   
青空と山桜の花が春を感じさせてくれる。のどか
な田舎道を走るのは、気持ちをのんびりとさせ
てくれるから嬉しいものだ。
   
坂道を自転車押しながら上るのも大して苦にな
るわけじゃなし、振り返れば棚田の景色がとて
も印象的だった。
   
落ち葉が敷き詰められた竹林の中を通る道も
のんびりと歩いてみたくなるのが中山道の雰囲
気なのだろう。
   
坂を上りきると鴨之巣の一里塚跡が出迎えて
くれる。左右の位置がずれている、珍しい一里
塚だそうだ。
   
旧中山道の道には各曲がり角に行き先案内板
が多いので、地図無しでも道に迷うことは無い。
更に案内板にも細かな地図が付いているのが
嬉しい。
   
5年前に初めて通った時も地図無しで走りきれ
るほど整備されているからウォーキングの人が
多いのも頷ける。この道は街道てくてく旅でテッ
シーが歩いている姿を思い出すところ。
   
細久手宿にある立派な大黒屋が見えてきた。
いつもながら重厚な雰囲気がすごい。中山道
にある江戸時代から続く旅籠旅館は数少ない
がいつまでも残って欲しいと思うのである。
   
そういえば昨年12月には武佐宿の中村屋が
全焼したとニュースで聞いた。古い家屋を守る
ことは容易い事ではないとつくづく思う。
大黒屋の前にある大きな絵は迫力満点だ。
   
さて、今回一番の目的である県道352号線との
交差に到着した。4年前に張り切って下って行き
あえなく撤退した過去を思い出したりもするが、
まぁ気にもせず行ってみよう!
   
県道二桁と三桁では色が違うんだね。今まで
特に気にしたことも無かったが、言われてみれ
ばそんな気もするくらいの記憶である。
   
YZサーキットの爆音を聞きながら一気に下ると
百姓学校の看板と日本らしい田舎の景色に
出会える。
   
更に下る、県道352号線のヘキサ標識がある。
まだまだ立派な県道といえる道が続いているが
もうすぐあの場所に到着するのだ。
   
あれ? 以前は無かった、鎖で通行止めの封鎖
が増えていた。左を流れる川は昨年の大雨の
被害だろうか工事の影響で水の色がまっ茶色
に染まっている。
   
鎖の横を通り抜けると4年前にもあったトラ柵が
あるが、大水が出たことが分かるような状態で
あった。この先、無事に五月橋までたどり着ける
のか、少々心配でもある。
   
二つ目のガードレールまではそれなりに広い道
であるが、この最後のガードレール以降は一気
に道幅が狭くなる。県道といえば嘘だろと言いた
くなる道幅だが、登山道と言えばああそうかと
納得するくらいの道幅である。
   
ちょっと荒れた登山道と思えば大したことは無い
が、自転車押して通るには少々狭い気もする。
自転車に乗って走ればシングルトラックの雰囲
気だが管理人にはそんな根性は無い。第一、
乗って進もうとは思わない。
   
そんな矢先に道の1/3くらいが崩落した現場
に到着した。道の下部分を少しえぐっているので
崖側を通るのは危険極まりない。
いきなりの難関を目の前にして危ないかなと
思ったものの、自転車担いで一気に駆け足で
走り抜けた・・・、通れた、良かった。。。
   
すぐ先には深沢峡記念碑がある。無事残ってい
てくれて良かったよ、これが無くちゃ県道352号
線(大西瑞浪線)の雰囲気が味わえないという
ものだ。この先、左側の川底は一気に深くなり
落ちたら戻ることは不可能な状態であるが、思
いの他、高所恐怖症のビビリ感は無い。
   
そのまま進むと少し広い場所があり道は一気に
折れ曲がっていた。広い場所の先を覗き込んで
みると、おお〜五月橋が見える。この枝の位置
といいネットで見かける場所に到着することが
できた。う〜んこんなことなら4年前にもう少し奥
まで来れば良かったと思ってみても仕方の無い
ことである。
   
九十九折れを曲がり、更に曲がる時、ふと振り
返ると、この先が霧ヶ滝への道なんだと思う。
ネットでは鳥居のある写真が載っていたが鳥居
は崩れて二本の柱だけが残っていた。トイレも
いさまつの建屋も健在である。そちらはあまり
興味が無いので素通りしてその先へと向う。
木が道を塞いでいるが通れないことは無い。
   
まあまあの登山道だ、いや違う凄い県道だ。
昔は本当に車が通ったのだろうか? いさまつ
までの道だって車が通れるとは思えないような
狭さにしか思えない。
   
車の通行もさておき、五月橋を作った時の資材
運搬はどうしたのかと、いくら思いを巡らしてみ
ても結論は出てこない。徐々に下って行くにつれ
石がむき出し、ガレが多くなってくる。その時、
前方に五月橋の姿が見えたのだ。
   
そしていよいよその雄姿が姿を現した。
念願の五月橋に出会えた感動だ〜。
いつもは峠など上ったところで感動を味わうが、
今回は下った所で感動を味わったのである。
   
「五月橋」のネームプレートが素敵過ぎる。昭和
二十九年の橋で管理人よりも年配であるが、
いまだ健在なところが凄い。ここまでは県道と
いえば凄いが、登山道と思えばそれなりの道な
んだろう。
   
   
ついに念願の五月橋の雄姿を見ることが出来て嬉しい。まだまだこの先、橋の対岸側や
国道(酷道)418号線の一部分を見に行ったので、後編へどうぞ。
   
今回は通行止め個所への無理な侵入等、安易に自己責任という言葉では済ます事ができない
コース取りをしています。もし走られるような場合は、ご自身の責任において判断してください。

   

             
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