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名古屋鉄道 旧一宮(枇杷島)線 廃線跡巡り
        

#18
2012年6月2日 実走 
自転車:
パスハン
   
6月に入り、どんより曇り空の土曜日、久しぶりに名鉄の旧線路跡を散策してきました。
今でこそ岐阜、犬山から豊橋まで名鉄名古屋駅を基幹として一本のレールにて繋がって
いるが、かつては西部線と東部線とに分かれていたのです。西部線は押切町駅、東部線
は神宮前駅であり、その間を繋ぐのは市電だったそうです。
今回は西部線である旧一宮(枇杷島)線を走ってきました。庄内川に架かる橋から押切町
駅までが名鉄の前身であり、その先の柳橋駅までは市内線になると思われます。
その辺の詳細はいまいちよく分かりません。
明治43年に押切町駅から枇杷島橋駅までの1.8kmが開通し、市内線から郡部へと延長
して行きます。その後に、今年初めにも走った、岩倉支線や一宮線などが順次開業していき
ました。更に、その後、市内線への乗換えが不便なため大正2年に柳橋駅が開業し市内線
乗入れにより直通運転が始まりました。
今回も、当時の様子を思い描きながら廃線跡を旅するのも良いものです。
    
 走行距離 40km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データはこちらへ
                                    (作成2012/06/03)
明治43年に押切町駅から枇杷島橋駅への1.8kmが開業し、その後の対象2年に市内線乗入
れにより柳橋駅まで直通運転が始まりました。今回は柳橋駅〜押切町駅〜枇杷島橋駅までを
散策してみました。
   
上記が今回走ったGPS軌跡ログです。柳橋駅から押切町駅までは途中で一度、ルートが変わっ
ているそうです。今回は開業当初のルートを通ってきました。
枇杷島スポーツセンターの先は道が無くなっているため、迂回ルートになります。
   
柳橋駅があった柳橋交差点がスタート、かつて
の駅舎はこの写真の後ろに建っていました。
   
今は名古屋高速が上を走る、江川線を北上し
て行きます。特に何も無い。
   
もしかしたら二三本ほど道が違うかもしれませ
ん。間違っていたらごめんなさい。でも古い家や
狭い路地が何となくそれっぽいかも。
   
そのまま真っ直ぐ行くと那古野小学校の横を通
って以前、市バスのターミナルがあった場所に
出て来た。今は超高層マンションが建ってます。
   
菊井を抜けて押切町交差点まではずっと真っ
直ぐの道が続きます。交差点を渡って西区総合
庁舎の辺りが押切町駅のあった場所です。
   
手前の斜めの道が市内線への連絡線らしいで
す。ここから左へと曲がって行きます。
   
    
公園で少し休憩タイムとします。
話は反れますが、途中で円頓寺商店街を横切
ったので、冨久屋で大判焼き買って来ました。
親父さんは引退して息子の嫁さんが二代目を
やっておりました。FUKUYAの焼印が女性らし
いですね。
御年90歳、大正生まれの親父さんにかつての
話を聞いてみたいものです。
   
公園横、榎小学校の横道が線路跡になります。
家が密集していますが、電車が走っていた頃は
遠くが見渡せるような所だったのでは?
   
ですが、一本北側は美濃路の通りなのでそこそ
こ家は建っていたのかもしれません。さてどうな
んでしょう?
   
この辺りに平野町駅がありました、右から公道
が通るので踏み切りのあった場所だそうです。
   
右からの公道の近くにお地蔵様があります。
民家の庭にいらっしゃいました。
   
線路跡は広くなったり狭くなったりしながら西へ
と向かいます。もうすぐ国道22号へと突き当た
ります。
   
国道22号の向こうに線路跡の道が続いていま
した。道路工事中だったので写真が撮り難い。
   
枇杷島スポーツセンターの北側の道が線路跡、
真っ直ぐ続いております。
   
その先は行き止まり、実際は突き当りから右に
折れます。今は駐車場になっているので入れな
い。
   
ぐるっと迂回してきました。平屋の屋根に祭られ
ている屋根神様は、電車の通行を見ていたかも
しれません。
   
恒川医院辺りを通って交差点を超えて北へ向か
います。突き当たりの家の辺りから斜め左に
入っていくのが線路跡のようです。
   
狭い路地に入り込んできました。こんなにカーブ
しているけど、かつてはもっと広かったのでしょ
う。その先を真っ直ぐ行くと民家に突き当たって
しまいます。
   
この先の線路跡は小学校の校庭の真ん中を突
っ切って庄内川の堤防へと上っていきます。
さすがに校庭内は通れないので大回りすること
にします。
   
小学校の西側に回ってみるとかつての堤が
途中まで残っていました。草が生い茂っている
ので分かり難いですね。
   
堤防に上って振り返ると、小学校の校舎が左手
に見えます。線路がぐるっと右手に曲がってい
ますが、かつては真っ直ぐ伸びていたのです。
   
この先、庄内川の橋を渡って枇杷島橋駅へと
入って行くのですが、ちょっと待った!
興味深い物がまだありますよ。
   
線路の下を通り抜けるトンネルです。レンガと石
積みで作ってありますが、これは古い物のよう
です。明治・大正の時代に作られた物かも!?
   
更に橋の反対側に回って来ました。ここにも興
味深い物があります。橋の一番遠くの方を見て
みると分かります。
   
現在の橋の左側に、初代の庄内川橋梁の橋台
がそのまま残っていました。この橋台の向こうに
枇杷島橋駅があったそうです。
   
庄内川の向こう側に回って来ました。先ほどの
橋台があったところの先に空き地があります。
その辺りが枇杷島橋駅(昭和24年廃止)の跡
地だったのかもしれません。
   
今の線路の姿、右手に折れるのが旧一宮線、
真っ直ぐ伸びるのが旧名岐線になります。
   
   
名鉄 旧一宮(枇杷島)線の廃線跡を散策してきました。昭和16年に枇杷島橋駅から新名古屋
(名鉄名古屋)駅間の3.3kmが開業したことにより、枇杷島橋駅から押切町駅間は廃止になり
ました。今回も線路跡と思いながら見ていると、そう思えてくる雰囲気が残っており楽しめました。
   

             
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