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05自転車で中山道 美江寺宿〜鵜沼宿
        

#11
2013年3月30日 実走 
自転車:
パスハン
   
3月9日に「自転車で中山道」の旅を始めてからの土日は、どうも天気がパッとしない日が
続いておりました。出来れば続けて行きたかったけど、2回目は30日までお預けになって
しまいました。
さてと、2回目の旅のルートの確認をしていると、以前 呂久から江戸方面へは走ったこと
があるものの、江戸から京への上り方向に走っているため、今回は方向が違ってきます。
以前の記憶を便りには走れないため地図確認は入念にしなくては。
さあ2回目は、どこまで行けるかな〜。
第2弾は、近江路 鳥居本宿〜美濃路 鵜沼宿を目指します。
参考に、2007、2008年にも走っております。
  2008年 11 ひとり自転車の中山道 鳥居本宿〜呂久  3月22日 実走
  2007年 30 ひとり自転車の中山道 鵜沼宿〜呂久  10月28日実走
    
一般的には、東海道も中山道も日本橋から三条大橋へと京へと上りますが、管理人は京都 三条大橋から
スタートします。そのため宿場の数え方などはカウントダウン式に数えることにします。

    
 走行距離 80km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データ 今回はありません
                                    (作成2013/04/09)
2回目の最後は美江寺宿から河渡宿、加納宿と続き、鵜沼宿までを走る。
   
自転車で中山道 美江寺宿〜加納宿のGPSログは下図を参照。
美江寺宿〜加納宿辺りまでのGPS軌跡ログ
   
美江寺宿を抜けて住宅街を抜けて河渡宿へと
入って行くと、一里塚跡が出迎えてくれる。
本陣跡が分からないので、ここで54番目の
河渡宿のカウントとする。
ここま50.3km【13:35】
   
河渡宿は割りとあっさりと通過してしまったので
写真がほとんど撮っていなかった。
この先、出来ることなら小紅の渡しに乗りたかっ
たけど、風が強いため休止しているだろうと思い
河渡橋を渡って進むこととした。
   
木曽川を渡ったら旧街道の雰囲気のある道を
進むと、すでに加納宿へと入っていた。JR岐阜
駅前の広い道を無理に横断するのは危ないの
で交差点まで迂回してきました。
   
その先に皇女和宮の仮泊所跡は、本陣跡で
あります。ここで53番目の加納宿をカウント
する。ここまで57.0km【14:13】
加納宿の本陣は、ここともう一軒あります。
   
中山道はカラー舗装されているし、雨水のマン
ホールにも「中山道」が書かれている。
   
更に進むと中山道の浮世絵も埋め込まれてい
たりと、大切にしているのが伝わってくる。
   
こちらがもう一軒の本陣跡、明治天皇の御小休
所跡でもあります。
   
川沿いにソメイヨシノが満開でした。中山道を旅
しながら桜も楽しめる良い旅になった。
   
中山道と岐阜街道の追分にある彫りの深い
道標が今も残っている。【14:20】
   
加納宿の宿場内は枡形に折れ曲がった道が
続き、番所跡には柳も揺れていた。
   
突き当りを右へ、左脇に丸い石の道標が良い
感じである。この先の団子屋も健在だった。
   
岐阜街道と別れ東に向かうと細畑の一里塚跡
がある、両脇に塚が残る貴重な一里塚である。
   
自転車で中山道 加納宿〜 間の宿である新加納宿辺りまでのGPSログは下図を参照。
加納宿〜 間の宿である新加納宿辺りまでのGPS軌跡ログ
   
車の交通量が多いのがいまいちだけど、古い
家並みなどが残り雰囲気はとても良い。
   
黒塗りの蔵が並ぶ姿は圧巻である。
【14:33】
   
公園内も桜が一面に咲いて、すでにお花見して
いるグループもあるくらい。あったかいな。
    
中山道は片側一車線の道路になり、現代の
幹線道路になっている。
   
六軒一里塚跡の碑が、何だか懐かしく感じる。
この先、いよいよ国道21号線と並走することに
なるため街道を楽しむと言う雰囲気ではない。
【15:05】
   
自動車専用の高架橋のため自転車は歩道へと
入ります。歩道橋をえんやこらと上らなければ。
以前は反対向きに走ったので、雰囲気が違って
見えてくる。
   
良く見ると歩道橋には中山道のプレートが取付
けてあり、これが現代の中山道なんだな。
   
歩道橋を渡りきると工場の敷地内の桜が出迎
えてくれた。
   
間の宿 新加納宿〜鵜沼宿辺りまでのGPS軌跡ログ
   
国道21号線をゆっくりと進む、車道を走ったり
車が来たら歩道に逃げ込んだりと大変である。
歩行者がほとんどいなかったのが救いである。
   
国道21号線から左に反れたら一安心。鵜沼宿
の家並みが見えてきた。この辺りは明治の濃尾
地震でほとんどが崩れてしまったため、ほとんど
古い家が残っていない。
   
復元された脇本陣跡がとても立派である、
後何十年かしたら外観の色合いも重みを増して
くることだろう。52番目の鵜沼宿は、この脇
本陣でカウントする。
ここまで74.4km【15:32】
   
加納宿から鵜沼宿までは17kmの距離があり
長い。この鵜沼宿の脇本陣には江戸時代の
松尾芭蕉も泊まり句を詠んでいる。右横の碑が
芭蕉の詠んだ句が彫られていた。
   
 
町屋館は屋根が広がる重厚な作りで堂々とした
構えである。休憩所として活用されていた。
   
 
   
自転車で中山道の旅も2回目に入りました。鳥居本宿から鵜沼宿までの74kmを走りきって
今回もくたびれてしまった。次回からは山道にも入るため押しや担ぎもありそう。
   

 

             
             
             
【≪ 04自転車で中山道 柏原宿〜美江寺宿 】          
             
             
             【 06自転車で中山道 鵜沼宿〜御嵩宿 ≫】
             
             
             
             
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