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名古屋鉄道 旧木曽川線 廃線跡巡り
        

#13
2013年4月29日(3月24日) 実走 
自転車:
パスハン
   
名鉄の廃線跡を巡る旅も、昭和40年以前に廃止になったところや、比較的新しく廃止に
なったところなど、あちこちと巡ってきました。
今回は昭和30年代に廃止となった、木曽川線 玉ノ井駅から木曽川港駅を巡ります。
(3月と4月の2回行ったので写真がところどころで混在しています。)
木曽川線の前身は尾西鉄道であり、明治31年に弥富〜津島間が開業のルーツである。
大正3年に新一宮〜奥町〜木曽川橋までを延長し、大正7年には石材運搬のために
木曽川橋〜木曽川港までを貨物支線として開通した。大正14年には初代の名古屋鉄道が
買収し、新一宮〜木曽川橋線となった。
昭和19年に奥町〜木曽川港駅は不要不急路線に指定され休止し、途中一部が復活したが
昭和34年に玉ノ井〜木曽川港間は廃止となった。
    
 走行距離 55km (GPSデータ)
 
GPS軌跡データ 今回はありません
                                    (作成2013/05/03)
大正3年に新一宮〜奥町〜木曽川橋の8.7kmが開通した。その後、大正7年に木曽川港まで
0.9kmを貨物支線として開通している。
昭和19年、戦争により不要不急路線と成り休止後、昭和34年に玉ノ井〜木曽川港までが
廃止となった。
   
上記が今回走ったGPS軌跡ログです。玉ノ井駅〜里小牧駅〜木曽川橋駅〜木曽川港駅まで。
今回も街中の県道沿いの道をのんびり線路跡を散策します。
   
現在の尾西線 玉ノ井駅を眺める、ホームに電車が停まる。当時は島式ホームと貨物線もあり
今より右手(東側)に線路があった。開業時のホームは奥の方(北側)に建っている住宅辺りに
あったらしい。
   
現在の玉ノ井駅は無人化となっている。駐輪場
はかつて線路が3線並んでいた。
   
ここが現在の尾西線の終着である。出発街の
一宮行き普通列車が停まっている。
   
かつては線路の先が北へと延びていた。
   
現在のレールの終端である。さて出発しよう。
   
住宅の先へと周り込んでみた。真ん中に建って
いる住宅の向こう側に玉ノ井駅がある。
   
この先は県道になっている。神社の横を線路は
通っていた。
   
古そうな倉庫がある、旧木曽川線が現役の頃から立っていたのだろうか。線路は真っ直ぐに
延びていた。
   
喫茶ふじの奥側(南側)が里小牧駅のホームが
あったらしい。
   
この建物も古そうな感じだが、当時から建って
いたのだろうか。
   
前方の跨道橋は旧木曽川線時代に開通した
旧国道である。古い橋やプレートが残っている。
   
跨道橋を越えると北方中島交差点を左前方へ
と続くのが旧木曽川線である。
   
線路跡は左に折れながら続き、木曽川橋駅へ
到着する。ここから先が木曽川橋駅があった
ところである。
   
左の写真に写る民家の土台は、かつての
ホームの上に建っているらしい。民家の横を
覗いてみたらそれらしい物を見つけた。
   
更にその先、保育園に旧木曽川線の説明看板
が立っている。
   
これが説明看板である。
     
更に北へと進むと、旧岐阜街道と交差した。
真っ直ぐが旧木曽川線であり、左右の道が
旧岐阜街道である。
    
止まれの先は堤防の上であり、木曽川が眺め
られる。先ほどの木曽川橋駅から木曽川港駅
までは貨物支線になる。
   
堤防から振り返ったところ。堤防への上り傾斜
は33%、下り傾斜は28%であったらしい。
   
堤防上は現在サイクリングロードとなっている。
堤防の右下に木曽川港駅があったrしい。
   
木曽川橋駅から木曽川港駅への折り返し地点付近には、皇太子殿下(大正天皇)御野立所の
記念碑が立っている。
   
3月24日に行った時は、木々は枝だけで寒そ
うだった。
   
一ヶ月後の4月29日には新緑が芽吹き、青々
としており綺麗である。
   
   
名鉄 旧木曽川線の廃線跡を散策してきました。50年近く前に廃線となったところですが、
線路跡と思いながら見ていると、そう思えてくる雰囲気が残っており楽しめました。
   

 

             
【2013年 目次】